取材現場で、ふと気づくことがあります。
相手の目が輝き始める瞬間というのは、決まって形式的な質問から離れ、本音の会話に入ったときなのです。
私は企業広報の現場で15年以上、数えきれないほどのインタビューを重ねてきました。その経験から言えるのは、真に価値のある情報は、相手の心が開かれた瞬間に初めて表出するということです。
特に企業広報の現場では、事前に用意された無難な回答に終始しがちです。しかし、そこから一歩踏み込んで「本音」を引き出せたとき、記事は驚くほど生き生きとしたものに変わります。
今回は、私が地方新聞社の記者時代から、フリーランスのライターとして活動する現在まで培ってきた「聞き上手」のテクニックをお伝えしていきます。聞き上手になるための実践的な習慣を身につけることで、形式的な企業インタビューを、心に響く対話へと変えることができます。
インタビューで本音を引き出す意義
広報担当者が直面する課題と機会
多くの企業広報担当者が、同じような悩みを抱えています。
「インタビューを実施しても、予定調和的な内容になってしまう」
「オウンドメディアの記事が、誰にも読まれていない気がする」
「せっかくの取材機会が、表面的な情報収集で終わってしまう」
これらの悩みの根底には、本音の引き出し方という共通の課題があります。私自身、地方新聞社の記者時代、幾度となくこの壁にぶつかりました。
特に印象に残っているのは、ある老舗企業の3代目社長へのインタビューです。最初は形式的な受け答えに終始していた方が、父親から会社を継いだときの苦労話を聞き出せたとき、表情が一変したのです。
「実は継ぐつもりはなかったんです。でも父の背中を見て…」
その言葉を皮切りに、経営哲学や未来への展望まで、驚くほど率直な話を聞くことができました。この経験から、企業インタビューにおける「本音」の重要性を、身をもって理解することができたのです。
読者の興味を喚起するストーリーテリング
形式的な情報だけでは、読者の心に響く記事は生まれません。
例えば、「業界トップクラスの品質を維持しています」という言葉と、「毎朝4時に出社し、職人たちと一緒に製品チェックをしています」という言葉。どちらが読者の心に残るでしょうか。
人は数字やデータよりも、人間味のあるエピソードに心を動かされます。そして、そうした本音の語りは、思いがけない形で企業のイメージ向上にもつながっていきます。
ある製造業の工場長へのインタビューでは、品質管理の話から、従業員の子どもたちに工場見学をしてもらう取り組みの話に発展しました。
「子どもたちに、親の仕事を誇りに思ってほしくて」
この何気ない一言が、その企業の人を大切にする文化を雄弁に物語っていたのです。
続く第2パートでは、そうした本音を引き出すための具体的な準備と技術についてお伝えしていきます。
事前準備が成功を左右する
取材相手への徹底リサーチ
良質なインタビューの9割は、実は取材前の準備で決まると言っても過言ではありません。
私の場合、新しい取材依頼をいただいたら、まず以下のような手順でリサーチを進めていきます。
【リサーチの基本フロー】
Step1:公開情報の確認
↓
Step2:人物像の把握
↓
Step3:業界動向の理解
↓
Step4:質問案の作成
特に重要なのは、被取材者の言葉に触れることです。過去のインタビュー記事やプレスリリース、さらには登壇時の発言なども可能な限り確認します。
例えば、あるIT企業の経営者へのインタビューでは、その方のブログを数年分さかのぼって読み込みました。すると、起業前は料理人を目指していたという意外な経歴が見つかりました。
「システム開発って、実は料理と似ているんですよね。材料の組み合わせと手順が大切で…」
インタビューではこの話題から入ることで、打ち解けた雰囲気でスタートすることができました。相手の興味や経験に寄り添った質問ができれば、自然と会話は深みを増していくのです。
ゴール設定と質問リストの策定
取材前のもう一つの重要なステップが、明確なゴール設定です。
「この記事で何を伝えたいのか」
「読者はどんな情報を求めているのか」
「企業としてのメッセージは何か」
これらを整理した上で、質問リストを組み立てていきます。ただし、ここで気をつけたいのが質問の順序です。
私の場合、質問を以下の3層に分けて準備します:
┌─────────────────┐
│ 深掘り質問 │ ← 核心に迫る質問
├─────────────────┤
│ 展開質問 │ ← 話を広げる質問
├─────────────────┤
│ 基本質問 │ ← 事実確認の質問
└─────────────────┘
最初から深い質問をすると、相手は構えてしまいます。まずは基本的な質問から始めて、徐々に掘り下げていく──この順序を意識することで、自然な流れで本音を引き出せるようになります。
インタビュー当日のコミュニケーション術
初対面から信頼関係を築く導入
取材当日、最初の5分間が極めて重要です。
私がいつも心がけているのは、"同じ目線"に立つこと。椅子の高さを合わせたり、相手と同じような姿勢をとったりと、細かな配慮を心がけています。
また、取材開始前の短い雑談も大切です。天候や交通機関、オフィスの印象など、気負わない話題から始めることで、相手の緊張をほぐすことができます。
「今日は遠方からありがとうございます。駅からは迷わずに来られましたか?」
「素敵なオフィスですね。この植物、観葉植物の専門店で選ばれたんですか?」
こうした何気ない会話の中にも、相手の人となりが見えてきます。実は、この導入部分での会話が、後の本質的な対話への重要な布石となるのです。
沈黙を味方につける聞き上手のコツ
インタビューにおいて、沈黙を恐れないことは極めて重要です。
私が記者時代に先輩から教わった言葉があります。
「良質な沈黙には、相手の深い思考が宿っている」
確かに、核心的な質問の後の沈黙には、相手が言葉を選び、自分の思いを整理する大切な時間が含まれています。この間、焦って次の質問を投げかけてしまうのは、大きな機会損失となります。
例えば、ある企業の研究開発部長へのインタビューでは、新製品開発の苦労を聞いたとき、しばらくの沈黙がありました。その間、私はただ穏やかな表情で待ち続けました。
すると、
「実は、最初の試作で完全に失敗したんです…」
という言葉から、イノベーションの裏にある貴重な失敗談を聞くことができました。この経験から、沈黙を味方につけるという発想が、私のインタビュースタイルの重要な要素となっています。
質問の組み立てとアプローチ
オープンエンドとフォローアップで深堀り
インタビューの質を大きく左右するのが、質問の投げかけ方です。
特に意識したいのが、オープンエンド質問の活用です。「はい」「いいえ」で答えられる質問ではなく、相手が自由に話せる質問を心がけます。
例えば、こんな質問の違いがあります:
【クローズド質問】
「新製品の開発は順調でしたか?」
↓
【オープンエンド質問】
「新製品の開発プロセスで、特に印象に残っている出来事を
教えていただけますか?」
オープンエンド質問の後には、必ずフォローアップの質問を用意します。
「それはどのような場面だったのでしょうか?」
「その時、どのようなお気持ちでしたか?」
「そのご経験から、どのような学びがありましたか?」
このように掘り下げていくことで、より深い洞察や感情を引き出すことができます。
心の壁を壊す切り口と比喩表現
時に、直接的な質問では本音を引き出しにくい場面があります。そんなとき、私はよく比喩表現を使った質問を心がけています。
「この商品開発は、例えるなら料理のレシピ作りのような感じだったのでしょうか?」
「新しいチームを立ち上げる際、まるで楽団の指揮者のような立場だったかもしれませんね」
このように、相手の経験や興味に合わせた比喩を用いることで、より自由な発想での回答を引き出せることがあります。
企業広報視点でのインタビュー活用
広報ツールやメディア掲載を最大限に活かす
インタビューで引き出した「本音」は、様々な形で企業広報に活用できます。
【コンテンツ展開の例】
オリジナルインタビュー
↓
┌─────────────────────┐
│・社内報での詳細版 │
│・SNSでの名言集 │
│・採用サイトでの声 │
│・プレスリリース │
└─────────────────────┘
ただし、ここで重要なのが、文脈の適切な管理です。
例えば、ある製造業の技術者へのインタビューでは、失敗談から学びを得た貴重なエピソードが語られました。これを社内報では「チャレンジ精神の象徴」として、採用サイトでは「人材育成の理念」として、それぞれの文脈に合わせて展開することで、より効果的な発信が可能になりました。
リスク管理と情報の取り扱い
インタビューで語られた「本音」には、時として慎重な取り扱いが必要な情報が含まれることがあります。
私の場合、以下のような確認プロセスを必ず踏むようにしています:
┌───────────────┐
│ 録音確認 │→ 発言内容の正確な把握
│ │
│ 文字起こし │→ 重要フレーズの抽出
│ │
│ 構成案作成 │→ 文脈の整理
│ │
│ 初校チェック │→ 事実確認
│ │
│ 最終確認 │→ ニュアンスの調整
└───────────────┘
特に注意が必要なのは、発言の文脈です。前後の会話や、話された際の雰囲気も含めて、正確に理解することが重要です。
まとめ
15年以上のインタビュー経験を通じて、私が最も大切だと感じているのは、相手の言葉に真摯に耳を傾ける姿勢です。
形式的な質問と回答の応酬ではなく、真の対話を目指すこと。それは時に遠回りに見えるかもしれません。しかし、そこから生まれる「本音」こそが、企業の魅力を最も効果的に伝えるものとなるのです。
今回お伝えした内容を実践するための最初の一歩として、以下の3つのアクションをお勧めします:
- 次回のインタビューで、普段より2秒長く沈黙の時間を取ってみる
- オープンエンド質問を3つ以上準備してから臨む
- インタビュー前の雑談の時間を、いつもより2分長く設定する
これらの小さな変化から、きっと新しい発見が生まれるはずです。
最後に、インタビューには正解はありません。それぞれの「聞き上手」のスタイルを見つけ、磨いていっていただければと思います。皆さまの現場で、素晴らしい対話が生まれることを願っています。